そろそろ、夏野菜シーズンですね! この時季になると、お漬物にも夏野菜が登場し、夏ならではのさっぱりとした味わいを心待ちにしている方も多いと思います。
いま、どんなお漬物が漬けられているのかな? と、洛北にあるお漬物屋さん「林慎太郎商店」を訪ねました。店主の林さんに尋ねてみると、水茄子や青うり、そして・・・
「地味ですが、胡瓜(きゅうり)の“どぼ漬け”も美味しい季節ですよ」
・・・どぼ漬け! ・・・って、皆さまご存知でしょうか?
では、“どぼ漬け”とはなんなのか、そして、これから食べ頃を迎えるお漬物はどういったものなのか。発酵食品として注目を集める「漬物」。そのなかでも奥深い魅力を持つ「京漬物」の世界を、どうぞご覧ください♪
無添加・手造りにこだわる、京漬物司 林慎太郎商店
洛北・紫竹(しちく)に漬物工房を構える「林慎太郎商店」。“紫竹”は、ここ最近、珈琲豆の焙煎店や和菓子店など“こだわりを持つお店”が集まり、新しい時代の“職人エリア”ともなっている町です。
店名からして昔からあるお店なのかな? と思いきや、創業は6年前の2012年。「子どもたちにも安心・安全な、美味しい漬物をつくりたい」という想いで立ち上げたという、京都のなかでも新進気鋭のお店です。2年ほど前に紫竹に工房を移し、奥様とスタッフの方と、少人数でのお漬物造りに勤しまれています。その特徴は、「すべてのお漬物が手造りである」ということ。いったい、どんな作業をされているのでしょうか。
どぼっと漬けるから、「どぼ漬け」。その正体は・・・?
まず拝見したのは、「地味ですが美味しいですよ~」と伺った、“どぼ漬け胡瓜”の仕込み。
艶やかな緑色の胡瓜は、すでに塩もみされていて、見た目は硬そうですが、触るとふにゃっとやわらかい状態です。この胡瓜を、どぼっとぬか床に漬けていきます。・・・そうなんです。「どぼ漬け」とは、ぬか漬けのこと。諸説あるそうですが、胡瓜に限らず、どぼっとぬか床に漬ける漬物のことを、京都では「どぼ漬け」と呼んでいます。
整然とぬかの海に浸る胡瓜
林さんのぬか床は、「ぬか・水・塩」の天然素材だけを練って、発酵させたもの。あたりには、甘いぬかの香りと、酸味のある爽やかな香りが漂っています。実は漬物がそんなに得意ではない私なのですが、それでも深呼吸したくなるほど、臭みのないいい香りでした。
「うちでは、ひとつのぬか床には同じ野菜だけを漬け込みます。このぬか床も、6年前から胡瓜だけを漬けてきたぬか床なんです」
一ぬか床に一野菜! そうすることによって、胡瓜ならば胡瓜だけの味がする、野菜本来の美味しさを味わえるぬか床になるそうなのです! 家庭では、なかなかできないことですよね・・・ とつぶやくと、「いろいろな野菜を漬け込むことで出る旨みもありますよ」と優しいフォローが。
「でも、ぼくたちはプロなので。プロとしてできる味わいを求めたら、ひとつのぬか床には、ひとつの野菜という結論になりました」
創業以来6年間、足りなくなれば新しいぬかを足しながら熟成させてきた、お店の要ともいえるぬか床。まさに宝物ですね。
このぬか床で漬けられた胡瓜は、瑞々しく、そして華やかな酸味があります。
「うちの信条として、漬物にも食感を大切にしています。胡瓜ならぱりぱりとした食感を。白菜でも、芯の部分がしなっとならないよう、どうすればいいかと試行錯誤を重ねました」
そういって見せてくださったのは、白菜のぬか漬け樽。
「ちなみに、この白菜はぬかを塗っているので、原則で言えば“どぼ漬け”ではありません(笑)」
・・・なるほど、どぼ漬けの定義がわかってきました(笑) この白菜もいただいてみると、乳酸発酵した酸味が素晴らしく、口に入れた瞬間から、噛んだとき、そして咀嚼している間など、めまぐるしく味が変わっていきます。噛んでいるときの、シャリシャリともコリコリともいえぬ食感は、ほかのお漬物ではなかなか味わえない感覚でした!
アミノ酸などの添加物や酸味料も使わず、自然の発酵だけでこの味を作られているというから驚いてしまいます。さらに驚いたことは、お漬物も“樽から出した瞬間が一番美味しい”ということ。袋詰めすることにより、どうしても食感などが変わってしまうのだとか。私もすっかり、この“樽出し”の魅力に引き込まれてしまいました! 林さんの工房では、毎日樽から出したてのお漬物を販売されています。ぜひ“樽出しの味”を試してみてくださいね♪
もうひとつの“どぼ漬け” 夏野菜の王様・水茄子
関西で夏野菜といえば、その代表格が「水茄子」です。大阪府南部の泉州産が有名ですが、「産地を限らず、状態のいいものを仕入れています」とのこと。
この水茄子も、ひとつひとつ丁寧に、仕込みをしていきます。
味を染みこみやすくするためお尻に切目を入れ、ひとつひとつをじっくり塩もみ。そして、ぬか床に“どぼっ”。
「色落ちをさせないために、ミョウバンや硫化鉄を入れるところも多いのですが、うちでは入れていません。色落ちしてもいいじゃない、ということで(笑) 入れなくてもいいものは、極力入れないようにしたいんです」
そういって見せていただいた水茄子は、たしかに皮の色が落ちています。でもだからといって、食卓に出す際には細かく割いてお出ししますし、かまわないと言えばかまわないなぁと、ここでも目からウロコの発見でした。
夏野菜の“女王” 青うりも絶賛仕込み中です♪
こちらも、夏漬物の代表格「青うり」です。ぬか漬けではなく、浅漬けであっさりといただくのが一般的で、こちらの仕込みも拝見・体験させていただきました。
二つ割りにして、スプーンでタネとワタを取り除いていきます。実際にやってみると、これが、意外に難しいのです。ワタをしっかり取り除かないと食感が悪くなる。かといって力を入れ過ぎれば、中の実が傷んでしまう。なおかつ手に持ちすぎれば、人肌で温められ素材が悪くなる・・・ という、スピード・精度・丁寧さが求められる、高難度な仕込みだったのです!
まさか、手に持っている温度まで関わってくるとは・・・ でも、この手間暇をかけることによって、ぱりっとした軽い食感の青うりの浅漬けができあがります。こだわりから生み出される味わいを、大切にいただかなければ・・・ と、思ってしまいました。
奥深すぎる、京漬物の世界。新たなムーブメントが起きそうな・・・?
林さんの徹底的なこだわり。短い時間でしたが、お漬物へのあふれ出る愛情を感じることができました。でも、どうしてこんなにこだわっていらっしゃるのでしょうか・・・?
「美味しいお漬物を食べていただきたいからです。漬物って、昔からあるものです。でも昔は、化学調味料などは使っていませんでした。では、どうしたら無添加の漬物を食べられるのか、と思ったときに、自分で造ろう! と。そしてやるなら美味しく造りたい、と自分の舌と相談しながら試行錯誤して・・・ だから、毎年少しずつ造り方が違うんですよ(笑)」
林さんの指導を受けながらどぼ漬けを漬ける“とらみ”さん
そして、林さんには、ある大きな目的もあるといいます。
「京都の伝統的なお漬物の造り方を守りたいんです。誰かが守っていかないと、途絶えちゃうぞ、と」
春になると、林さんは京都の松ヶ崎で採れる「菜の花」を使って「松ヶ崎漬け」という、菜の花のぬか漬けを造られます。松ヶ崎は古くから菜の花の産地であり、その地に住む人々はぬか漬けにしていただいていたのですが、いつのまにかその食文化が途絶えてしまったのだとか。とあるところからその話を聞いた林さんは、松ヶ崎漬けの復活に取り組まれ、そして毎年少量ですが、春先に商品を並べることができるようになったそうです。
「京都はお漬物、といわれますが、伝統的な食文化としての漬物は、少しずつ消えつつあります。そう思ったら、誰かがその文化を守っていかないと、とも思いまして。こちらも、まだまだ試行錯誤ですが」
と、笑顔の林さん。奥様と、そしてスタッフの皆さまと協力してできあがる、伝統を大切にした、家庭的でありながらプロのこだわりを感じられるお漬物です。
これからの季節、「冷酒と一緒に」もいいですね♪
京都にはたくさんのお漬物屋さんがあり、お店それぞれに独自の味を追求され、私たちはいろいろな味わいを楽しむことができます。その多様さが、京漬物の魅力といってもいいのかもしれません。今回ご紹介した夏野菜、そして、秋・冬・春と、季節ごとの楽しみがある京漬物。決して一律ではないその世界を、皆さまも楽しんでみてくださいね♪
【営業時間】10:00~売切れまで
※注文後に袋詰めするため、あらかじめ電話にて連絡の上、ご訪問ください
【定休日】土曜日・日曜日
【電話】075-203-6084
【アクセス】市バス「上賀茂御薗橋」バス停から徒歩1分 Google map
【公式ホームページ】https://hayashi-shintaro-syouten.com