トップページ » 京都人インタビュー » 「あけましておめでとうさんどす」 服飾評論家・エッセイスト 市田ひろみさん

「あけましておめでとうさんどす」 服飾評論家・エッセイスト 市田ひろみさん 後編

パッと周囲を明るくする、大輪の花のような笑顔が印象的な市田ひろみさん。社長秘書、女優、美容師、着付け師、民族衣装のコレクター、京都国際観光大使など多岐にわたる仕事をされてこられ「市田ひろみという小さな木に枝葉が茂りました」と楽しそうにおっしゃいます。いつも前向きでパワフルな市田さんに、新年に思うことなどをお尋ねしました。


京遊学舎も「和の文化の語り部」としての思いから始められたのですか。。

3年前に京都御苑の南に開きました。きもの教室、いけばな、和裁、京繍、茶道、煎茶道、日本舞踊など、和の文化を学ぶ教室を中心にアクセサリー制作やヨガまで、12教室あります。町家風の建物に唐長さんの唐紙を使った漆の建具など、和の贅沢を感じる空間です。
ここで、和の文化、というか伝統文化の良さを身に付けて、それぞれのおうちで実践してもらえたらうれしいですね。


京都でお好きな場所や季節など教えてください。

京都いうたら、秋は紅葉、春は桜―。桜は桜前線でいつ頃咲くか、だいたい予測できますが、紅葉は「いけずな美女」(笑)。いつきれいに色づくか、さっぱりわかりません。
私が一番好きな季節は冬です。きりっとした冷気の中、早朝の東山は紫色の朝もやをまとっています。そんな景色を見ながら鴨川沿いを歩くのが大好き。真っ白なユリカモメは京都の冬の風景に欠かせません。サギやカモなど鴨川にはたくさんの鳥がいます。
四季を感じながら歩く鴨川沿いの道は最高です。


平安神宮

真如堂


鴨川は京都の人に愛されていますね。

京都だけやなく、全国の方から愛されてます。京都はありがたいことにブランドになっています。ブランド、いうたらそれだけで信用されるし、そのことで有形無形の恩恵を受けています。年に約5千万人もの観光客の皆さんが来てくれはるのもそのおかげです。
ある時、市内でタクシーに乗ったら運転手さんが「今日は織田信長の命日ですな」と言わはるんです。6月2日でした。そこで家に帰って調べたら、確かにその通り。運転手さんも勉強してはるんです。勉強する、いうことは真実を大事にしている、ということ。偽物を許さない「ほんまもん」の京都が、観光客を惹き付けるんやと思います。

今年はどんな年にしたいですか。

新しく何か始めるというよりは、家にあるものをもう一度見直したい。身の回りにあるもの、日常の暮らし、そして家族の絆を見直そうと思てます。
京都はまだ悉皆屋(しっかいや)さんといって、洗い張り、シミ抜き、染め替えなど着物のお手入れ全般をしてくれはるとこがありますが、8月にある悉皆屋さんに泥にまみれた振り袖が届いたんやそうです。福島から届いたその着物には「震災で亡くなった娘が成人式に着た振り袖です。どうぞどうぞどうぞ、きれいにしてやってください」とお父さんから一筆添えられていたといいます。「どうぞ」と3回繰り返されているところにお父さんの万感の思いが伝わってきて涙が出ました。
着物は家族の絆。ハレの舞台を彩るし、形見分けなど故人の思い出の品でもあります。着物は7回生まれ変わるともいわれ、命が長いのです。娘さんの思い出の着物は京都の伝統の技術でよみがえりました。3トンもの水を使ったといいます。この振り袖は娘さんが生きた証しとして、大切に伝えていかれるのでしょう。
今年は家族の思い、絆を大切に少し昔の暮らしを見直したい。和の伝統や知恵をもう一度考える年にしたいですね。


市田ひろみ 服飾評論家・エッセイスト。
京遊学舎主宰、市田美容室代表取締役、日本和装師会会長、全日本きもの振興会理事、おこしやす大学学長。
小学校の6年間は中国・上海市に居住、1945年帰国。1950年美容師免許取得。1953年京都府立大学国文科卒業。ヤンマーディーゼル勤務を経て大映京都入社。1958年「手錠」でデビュー。退社後は市田美容室勤務。その頃から着物の教室を始める。1967年関西テレビ「ハイ!土曜日です」で日本のテレビで初めて着付け・帯結びのプロセスを紹介する。1968年より世界各地へ民族衣装コレクションの取材開始。1993年サントリー緑茶CMでACCコマーシャル大賞受賞。2008年G8洞爺湖サミット出演。これまで世界の106都市で着物ショーを構成・出演、文化交流ミッションを派遣。著書・DVD多数。
PAGE TOP