葵祭を楽しむ!

起源

 もともとは賀茂社の祭礼。「賀茂社」とは、上賀茂神社(賀茂別雷(かもわけいかづち)神社)と下鴨神社 (賀茂御祖(かもみおや)神社)のこと。それぞれ「上社」「下社」と呼ばれた。上賀茂神社は賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)を祭神とし、下鴨神社はその母である玉依媛命(たまよりひめのみこと)と外祖父の賀茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)を祀る。  古代、賀茂の神の祟りで凶作に見舞われた時、4月の吉日に葵を飾り馬に鈴を付けて走らせ、五穀豊穣を祈ったことが起源といわれ、江戸時代ごろまでは4月の中酉(なかのとり)日に行われていた。

歴史 斎王代 女人列

 その昔、「祭」といえば賀茂祭のことを指し、『源氏物語』『枕草子』など、多くの古典文学にも登場する。  だが、華美を極めた祭りは莫大な経費を賄い切れなくなり、文亀2年(1502)以降、約200年にわたって途絶えた。再興されたのは江戸時代。祭りの前に葵鬘(あおいかずら)を将軍に献上することもあり、このころから「葵祭」と呼ばれるようになった。  明治時代に入り再び途絶えたが、岩倉具視が提出した京都の復興策により再興された。以降、5月15日に行われるようになる。昭和31年には斎王代を中心とする女人列も加えられ、現代の姿が完成する。
京の読みもの「斎王代」

前儀
5月1日

競馬足汰式(くらべうまあしぞろえしき) 上賀茂神社
5日の競馬会に出走する馬を集め、馬の歯・毛色など健康状態を確認した後、1頭ずつ走らせて出走順などを決める。最後に出走順に2頭ずつ走らせて馬や騎手の状態を見る。

競馬足汰式
5月3日

流鏑馬(やぶさめ)神事 下鴨神社
公卿装束の射手が、疾走する馬の上から「インヨー(陰陽)」の掛け声とともに馬場にある3カ所の的に矢を放つ。下鴨神社の境内を祓い清め、祭りの無事を祈る神事。見事的を射抜けば豊作・祈願成就とされる。

流鏑馬
5月4日

斎王代以下女人列御禊の儀(さいおうだいいかにょにんれつぎょけいのぎ)上賀茂神社
斎王代と女人列参加者の穢れを祓う神事。神官のお祓いの後、斎王代がならの小川(上賀茂神社)、御手洗池(下鴨神社)に手を浸けて禊を行う。上賀茂神社と下鴨神社は毎年交替で禊の舞台となる。

斎王代以下女人列御禊の儀
5月5日

競馬会(くらべうまえ)神事 上賀茂神社
競馬会の無事を祈る神事の後、五番の競馬会が行われる。「らちが明く」という言葉の語源は競馬会神事にある。「らち(埒)」とは馬場の柵のこと。競馬会が終わりらちを取り外すことが、転じて「物事の片が付く」という意味となった。

競馬会
5月5日

歩射(ぶしゃ)神事 下鴨神社
弓矢で沿道を清める魔除けの神事。射手が弓を鳴らす「蟇目(ひきめ)式」で四方の邪気を祓い、鏑矢を楼門の屋根を越えて飛ばす「屋越式」、大きな的を射る「大的式」、連続で矢を射る「百々手式(ももてしき)」が行われる。

歩射
5月12日昼
御蔭祭(みかげまつり)下鴨神社
御蔭山より神霊を本社に迎える神事。約100人の神幸列が比叡山山麓にある御蔭神社で神馬に神霊を乗せる。糺の森に入り、「切芝(きりしば)」(祭祀場)で「東游(あずまあそび)」の舞を行い、本殿に神霊を祀る。
5月12日夜
御阿礼(みあれ)神事 上賀茂神社
上賀茂神社の神霊迎えの神事。最も古く、荘厳な神事とされ、非公開。
路頭の儀 近衛使 風流傘

 葵祭といえば、華麗な行列がメイン。これを「路頭の儀」という。天皇から賀茂の大神に贈り物(御幣物)を届けるための行列であり、行列の主役は天皇の勅使(近衛使)。両賀茂社で行われる「社頭の儀」で勅使が神へ御幣物を奉納する神事こそが、祭りのクライマックスだ。

約1キロに及ぶ長い行列は次の五つに分けられる。

第1列:警護列
検非違使(けびいし)、山城使
第2列:幣物列
御幣櫃(ごへいびつ)、内蔵寮史生(くらりょうのししょう)
第3列:走馬列
走馬(そうめ)、馬寮使(めりょうづかい)
第4列:勅使列
近衛使、舞楽人、内蔵使(くらづかい)、
牛車、風流傘(ふりゅうがさ)
第5列:女人列
斎王代、女人、牛車

 行列が下鴨神社に到着すると、境内で社頭の儀が執り行われる。勅使が祝詞を奏上し御幣物を奉納する。上賀茂神社でも同じように社頭の儀が行われ、祭りの神事は最終段階を迎える。雨天で行列(路頭の儀)が中止になることがあっても、社頭の儀は行われる。  500人以上が平安装束をまとう行列は、装束から道具、乗り物まで見応えがある。「生きた平安王朝絵巻」といわれるゆえんだ。とりわけ腰輿(およよ)に乗った斎王代を中心とする女人列が美しい。斎院に仕えた女性たちの艶やかさも見ものだが、これらの衣装、着付け、髪や化粧を支える多くの裏方がいることを忘れてはならない。これこそ京都の「文化力」なのだ。

豆知識 フタバアオイ

フタバアオイ
 葵祭のシンボル「フタバアオイ」。この列を飾るフタバアオイは何と1万数千本に上る。山林で採集していたが、環境の変化とともに年々減少。 そこで、近隣の小学校でフタバアオイを栽培する活動が始まった。
「葵プロジェクト」も発足し地元企業の賛同も得て、学校同士の交流会も活発に行われ、成果を上げている。
 ハート形の葉のフタバアオイは、祭りの象徴であるのと同時に賀茂の豊かな自然の象徴。そして、今、人と人をつなぐ「心」の象徴にもなりつつある。
 葵祭を見に訪れたとき、そんなことにも想いを馳せてみてほしい。

葵祭巡行コース


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