葵祭 第53代斎王代 村田紫帆さん
京の読みもの
葵祭の斎王代は、戦後、女人列がつくられたのに伴い復活しました。京都の民間の未婚女性から選ばれ、毎年誰が選ばれるのかは、華やかな春の話題になります。2008年の第53代斎王代には村田紫帆さんが選ばれました。村田さんは、昨年ミシュランの三ツ星レストランに選ばれた料亭「菊乃井」の村田吉弘さんの長女。現在は「菊乃井」で女将さん修業中です。笑顔の素敵な村田さんに、斎王代を務めた時の話をお聞きしました。
私の場合は両親に連絡があったようで、両親から知らされました。「斎王代に選ばれたらしいよ、どうする」という感じでした。私はもう本当にびっくりしました。その時はよくわからないまま、京都の役に立てるのなら、私でよかったらー、とお受けしました。
この瞬間から、まったく経験したことのない今までと違う日常が始まりました。
お祭りが終わるまで、事の大きさが理解できないまま、流れに身を任せていたようです。
記者発表から驚きの連続です。自分が新聞に載るなんて思っていませんでしたから(笑)。ストロボを浴び、注目されるということも初めての経験。斎王代に選ばれたというだけで、右も左もわからない状態です。そんな私に斎王代のお世話係の方が、お祭りまでの日取りや振る舞い方、しきたりなどを教えてくださいました。お世話係の方は(斎王代を)「お姫さま」として扱ってくださり、そんなことにも伝統の重さを感じました。
食事制限などは特にありませんでした。本番の腰輿(およよ)に乗る前に「あまり水分を摂らないように」と注意されたくらいです。
斎王代に決まりました、という奉告と祭りの無事の祈願のために、お祭りの関係者、両親と共に上賀茂神社、下鴨神社にお参りした後、昔斎院があったという櫟谷七野(いちいだにしちの)神社でお祓いを受け、献茶を行いました。この時は振り袖を着ていました。ずっと緊張しっぱなしでしたね。
確か、上賀茂神社だったと。本当に緊張していて実際にどこで何をしたのか、夢の中の出来事のようなのです(笑)。御所で着替えて、車で上賀茂神社へ向かいました。御手洗(みたらし)川へは神社の神官の方が履かれているような木製の浅沓(あさぐつ)を履いていきました。初めて履いたので、こけないようにとおのずとゆっくりした動きになるため、はたから見ると優雅に見えたようです(笑)。
そうなんです。おすべらかしの鬘(かつら)からすべて合わせると20キロくらい。一人では身動きがとれませんでした(笑)。髪と十二単の着付けは有職美容師の南登美子先生にしていただきました。南先生とミナミ美容室のスタッフが2、3人がかりで3時間くらいだったと思います。でも、鏡を見ていると、どんどん自分の姿が変化していくのが面白くて長いと感じませんでした。
私の時は打掛と小忌衣(おみごろも、一番上に羽織る白い衣)を新調された年でしたので、そのお披露目のためいつもの年より1回多く着せていただき、うれしく感じました。
(後編につづく)
















