取材日:2017年8月4日
京都レトロパン店めぐり 1
伏見桃山で約100年! ササキパン本店
「うちはレトロなわけではなく、レトロにしようと思っているわけでもないんです。そのままでいたら、レトロになっちゃった(笑)」
そう笑うのは、ササキパン本店四代目の佐々木浩二さんだ。伏見桃山の納屋町(なやまち)商店街で約100年続くパン屋を、三代目であるご両親とともに、家族みんなで守り続けている。創業は、大正10年(1921)。京都の老舗パン店・進々堂の開業が大正2年(1913)なので、まさにパン店創生期の頃に開業している。
大正時代の伏見桃山は、京都市ではなく、紀伊郡伏見町である。まだ、京都とは違う町だった。昭和4年(1929)に伏見市となり、昭和6年(1931)から京都市伏見区となる。豊臣秀吉が築いた伏見城の城下町として整備され、江戸時代を通じて酒造りで賑わい、淀川水運の港町として交通の要となった。進取の気風にあふれた地域柄で、今も京都の中心地とは少し違う、独自の空気感を持っている。平安京を築いた桓武天皇と、京都から東京へと遷都した明治天皇、両天皇の陵墓がある町でもある。
「京都風メロンパン」とは?
こちらの名物が、この「メロンパン」(130円)。ラグビーボール型が特徴的で、かつて、京都のメロンパンといえばこのタイプが主流であった。
「2つくっつけると、マクワウリみたいでしょう? 昔はメロンといえばマクワウリだったからこの形になったといわれています。本当のところはわからないんですけどね」
なんでも、昭和30年代に「京都パン組合」が、マクワウリ型のパンにクッキー生地をのせ、白あんを入れたものを「メロンパン」としてレシピを作ったのだとか。それを元にそれぞれのパン屋さんがアレンジを加えながら製造・販売したため、京都ではこのメロンパンが一般に普及したのだそうだ。誰もがよく知る丸いメロンパンは、「サンライズ」という名で販売されている。このマクワウリ型メロンパンを作り続けているのは、今や京都でも5軒ほどしかないという。
ところで、メロンパンのパン袋を見ていると、不思議なことに気づく。左上にある「S・K・B」マーク。そして、下に書かれている「全糖」の文字。これってなんだろう? 実はこのパン袋には、ササキパンが辿ってきた歴史が秘められている。
パン袋に秘められた謎は、歴史を語る!
創業当時、ササキパン本店は「ササキ金龍堂(きんりゅうどう)」という名前だった。トレードマークの下にあるS・K・Bは、ササキ金龍堂ベーカリーの略称。「創業者が辰年の生まれだったので、龍の一文字が入ったんじゃないかな」と三代目ご夫婦と四代目の若旦那さん。当時はトレードマークがあるお店も少なかったので、デザイナーさんに頼んで作ってもらったマークなのだそうだ。お城の形をしているのは、伏見城からだろうか。パン店だけに洋風にしたということか。その答えはわからないけれど、いまもパンの値札プレートや看板など、いたるところにお城のマークが使われている。
「全糖」はなんだろう? ブドウ糖かな? 色々答えを想像していたのだが、その答えは「全部砂糖を使っています、という意味」と、そのまんまのものだった。がしかし、わざわざ表記しているのには、やはり意味があった。
昭和30年代頃は砂糖が不足していたため、「ズルチン」という人工甘味料を使用していた。サッカリンなどと同じ甘味を出すための有機化合物であるが、パンには主に「ズルチン」を用いていたという(昭和43年に使用禁止)。この「全糖」には、ズルチンを用いず、すべて砂糖を使っていますよ、という意味があるのだという。「砂糖を使っていることが売りになる時代があったんや(笑)」と、三代目であるお父さんが笑う。
このパン袋、昭和30年代頃のデザインをそのまま用いている。メロンパン、サンライズ、そして小倉あんパンの3つが、当時のままのパン袋だ。ひとつのパン袋の中に、お店の歴史が凝縮されている。
ドーナツよりも安いけど、「高級サンド」! そのココロは?
パンの種類は60種類以上。新しいメニューなどもあるが、ほとんどが昭和30年代当時から変わっていない。そのためか、少し不思議で独特のネーミングのパンが見受けられる。
不思議に思った「その1」が、「高級サンド」(200円)。高級だけれど、ドーナツより安い(ドーナツは4個入りで260円)。「高級??」と思って尋ねると、「いろんな種類のサンドイッチをセットにしているでしょ? 盛りだくさんですよ、の意味で、多分、高級なんちゃうかな」。写真は、フルーツサンドとタマゴサンド、ハムサンドの3種類がセットになっているが、カツサンドなどが入っている時もある。好みに合わせて選べる嬉しいサンドなのだ。「具材が高級なわけやない(笑)。そう言われると、高級って不思議やね。昔からこれやったから、何も思わんかった(笑)」と、四代目さん。
コッペパンにバタークリーム、チェリーのような赤いゼリーを挟んだ「ライン」(130円)。見た目の可愛らしさが、子供心をくすぐる。素朴にして、直球の愛らしさ。でも、どうして「ライン」なのか。多分、生クリームがまっすぐ伸びる「ライン」なのだろうけれど、確かなことはわからない。答えは、時間の中に消えてしまう。
昔ながらのお店の中でお話を伺う。お父さんは丁寧にパンの説明をしてくれる。宇治の大久保からお嫁に来たというお母さんは、「もうここのお店に来て60年にもなります」と優しく話してくださる。商店街のパン屋さんらしい、とっても気さくな空気だ。取材の合間にも代わる代わるお客さんが訪れる。
フランスの国旗をイメージしたような電飾が、これまたレトロで素敵だ。いつ頃からあるのかと尋ねると、現在の店舗に改装した昭和45年(1970)からで、その頃から店内はいじっていないという。「いいもん見せてあげるわ」と、四代目さんが奥から写真を取ってきてくれた。
色あせた紙焼きの写真! お母さんが写真を見ながら、「あら、ここにお姑さん(初代の奥さん)写ってはる!」と教えてくれる。昭和45年。改装したばかりのササキパンの写真だ。
当時は対面販売のパン屋が主流であったが、改装するにあたり、お客さんが自分でパンを取るようにパン棚を作らせたそうだ。今も、フランス国旗の電飾の下でパンが並ぶ、この棚だ。画期的なアイデアの発案者は、三代目。改装工事中、町の人に「この棚、何にすんの?」と聞かれ、「パン並べといて、自分で取ってもらうんや」と答えると、怪訝な顔をされたとか。時代を感じさせるエピソードだ。
かつての納屋町商店街の風景など今となっては貴重な写真の数々は、カメラ好きの三代目自らが撮影したもの。今も、伏見桃山の姿をカメラに撮ることを趣味にしているそうで、店先に飾られるお神輿の写真もご自身で撮影したものという。
伏見桃山・納屋町商店街で、これからも。
四代目の若旦那は「これから、もしもお店をリニューアルすることになるとしても、この雰囲気は変えないですね」と、お店を眺めつつ語る。メロンパンなどのパッケージを変える話もあったというが、あえて昔のまま、そのままに残している。
「全糖なんて、今の時代にはいらんけど、これがあるのがいいんやないかと思って」
あえて変えない。その気持ちが歴史をつなぎ、紡いできた。これからもこのまま変わらないでほしいなぁ、というのは、いち買い物客の勝手な望みであるけれど、そう願わずにいられない。
■ササキパン本店
【営業時間】7:00~19:00
【定休日】火曜日
【電話】075-611-1691
【アクセス】京阪本線「伏見桃山駅」から徒歩約10分、近鉄京都線「桃山御陵駅」から徒歩約13分 Google map
■納屋町商店街、ここがおすすめ!
取材の最後に、納屋町商店街に生まれた四代目さんに納屋町商店街のおすすめスポットを聞いてみました!
あわせて訪ねてみてくださいね♪
◆雅風(GAFU)
納屋町商店街の南の入り口にある、GAFU HOSTEL&DINER(ガフウ ホステル&ダイナー)。
「屋上でビアガーデンをやってるんですよ。そこから伏見桃山の町を眺めるのが、とても好きなんです」
【公式ホームページ】http://gafu.co.jp/
◆伏水酒蔵小路
伏見酒造組合に属する17蔵元の日本酒を楽しめるお店。お料理も豊富で、屋台形式で気軽に楽しめる。
「間口だけ見ると狭いんですが、中に入ると広いんですよ。いろんな店の味が楽しめて気に入っています」
【公式ホームページ】http://fushimi-sake-village.com/
◆御香宮神社「御香宮神幸祭」
伏見の秋の風物詩で「伏見祭」とも呼ばれる賑やかなお祭。2017年は9月30日(土)から10月8日(日)まで行われる予定で、9月30日(土)と10月7日(土)に花傘総参宮、8日(日)にお神輿の参宮が行われる。
「御香宮のお祭の時には、氏子の町内それぞれで、“風流傘”を作るんです。毎年9月下旬から制作をはじめるので、その頃に商店街に来ると納屋町の風流傘を見ることができますよ。お祭の当日は各町内の風流傘が華やかに練り歩きます。子どもたちも毎年楽しみにしているお祭です」
■御香宮神幸祭の詳細情報はこちらから。