山下裕二先生に学ぶ 「国宝」展の楽しみ方

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セミナー風景
 

京博「国宝」展セミナー 2


2017年10月3日(火)から11月26日(日)まで京都国立博物館で開催される特別展覧会「国宝」(以下、「国宝」展)。120周年を迎える京都国立博物館で、実に41年ぶりに、満を持して開催される「国宝」展について、山下裕二先生(明治学院大学教授、美術史家)と橋本麻里さん(美術ライター)に、縦横無尽に語っていただきました。今回は第1部に行われた山下先生の基調講演、後半部分をお届けします。『京博「国宝」展セミナー 1』はこちらから。


※本稿は2017年9月17日(日)に、毎日ホール(東京)で開催されたセミナーの抄録です。



ディテールに目を凝らす ー「国宝」展のお供に単眼鏡を


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国宝 薬師如来坐像 円勢・長円作
平安・康和5年(1103)京都・仁和寺 【III期・IV期】


「国宝」展には名だたる仏像が出品されますが、その中で私が本当に好きな国宝が、仁和寺(京都)所蔵《薬師如来坐像》。11センチしかないとても小さな仏像ですが、彫り口が大変繊細で美しいんです。特に衣装は、截金(きりかね)という金箔をこまかく細く切ったものでびっしりと装飾が施してあります。通常は経年劣化でだんだんと剥げ落ちるものですが、これは非常に状態がいい。平安貴族がいかに慈しんだ仏像かということがよくわかります。


そしてもう一つ好きな国宝が、《兜跋毘沙門天立像(とばつびしゃもんてんりゅうぞう)》(京都・東寺)ですね(東寺サイトへのリンクはこちら)。ちょっと怖い顔をしていて、あまり知られていない異色の仏像といわれますが、これも繊細な彫りによる衣装がものすごくカッコよくて美しいんです。


今回の「国宝」展には二件とも出展されますから、ぜひ皆さんには間近でディテールまでご覧いただきたいと思いますね。


じっくり隅々まで観ていただきたいのは仏像だけではありません。もちろん土器なんかもそうですが、絵画作品でも面白いものが多数出展されます。


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国宝 病草子(眼病の治療)(部分)
平安・12世紀 京都国立博物館【I期・II期】


まずは絵巻。「国宝」展には平安時代のオールスター級の絵巻が揃うといってもいいですね。その中でも私が好きなのが《病草子》(京都国立博物館)です。


この絵巻はいろいろな病気の状況を絵画化しているのですが、これは「眼病治療」の場面。眼を患っている人が偽医者に治療されているのですが、患者の眼からピューッと血が吹き出している(笑)


よく見ると、人体をかたどる線が非常に達者です。そして何より人物の表情に注目してください。「眼病治療」は患者の横にいる女性の表情がなんともおかしいんです。ピューッと血が吹き出ている人を見て、「あらあら(笑)」という顔をしています。なんともえげつなく、悲惨であったり、隠したい場面なんですが、何か人間のある意味、醜い部分っていうのを覗き見するような、そういう絵巻なんですね。


この《病草子》をはじめ、《餓鬼草子》《地獄草子》も「国宝」展に出展されますが、これらは後白河法皇が命じて描かせた一連の絵巻だといわれています。こういったものを後白河法皇が描かせて、拡げて眺めていたと思うと、面白いと思いませんか。ぜひそういったことも想像しながら、じっくり作品を観てみてください。


今ご紹介した作品をもっと楽しむために、「単眼鏡」を持って行かれるといいのではないかと思います。最近は展覧会場にもお持ちの方がずいぶん増えましたよね。


単眼鏡で細かいところを観ていると、今まで気付かなかったことや、画家の遊び心など「あ!」という発見があるかもしれません。ディテールに目を凝らす、観察すると、面白いことってけっこうあるんですよ。



スケール感を実感する ー「はじめて観る」チャンスは1回だけ!


展覧会で実際に実物を観る、ということのメリットは何かというと、先ほど申し上げたディテールを直接観察できるということもありますが、一番大切なことはスケール感を実感することなんです。意外と「えっ?」ていうぐらい大きい絵もあれば、「えっ?」っていうぐらい小さい絵もある。


 

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(左から)国宝 伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像
鎌倉・13世紀 京都・神護寺 【III期・IV期】


例えばイケメンの《伝源頼朝像》(京都・神護寺)。教科書なんかで皆さん見たことあるかと思いますが、実物はどれぐらいだと思いますか? まあ掛軸だから、普通の家の床の間にかかるぐらいの大きさだろうって漠然と思っている人が多いかと思いますが、実は等身大ぐらいあるんです。これは大きくてびっくりする代表的なものですね。今回は《伝平重盛像》《伝藤原光能像》とともに三点揃っての出展なので、かなりの迫力だと思いますよ。


では、その逆はなんだと思いますか? それが高松塚古墳の壁画なんです。もちろんこれは出展されませんが、古墳の壁画だから、等身大ぐらいだと思ってる方が多い。でも、実は掌に乗るフィギュアぐらいのサイズなんです。壁画は縦約1メートルぐらいの石室の中央部分に描かれていますから、描かれた人物は30センチぐらいしかないんです。しかしほとんどの人が実物を観たことがないので、そのスケール感を実感できないのが残念ですね。


こうやって実際に会場に行って、体感することが大事なんです。「はじめて観る」というチャンスは一回しかありません。もしまだ観ていない作品があるなら、それを体感する素晴らしい機会ですので、ぜひ足を運んでください。



「国宝」展の見どころと私の見方 ー牧谿と等伯、そして雪舟


今回の「国宝」展には、日本のものだけでなく、二十件もの中国絵画が出展されます。「国」宝なのに、海外で作られたものが含まれるのも面白いですね。それには理由があります。まず、そのなかでも一番大事な作品である、牧谿(もっけい)《観音猿鶴図》(京都・大徳寺)に注目です。


日本にある中国絵画の中で、誰もが認める最高峰の作品です。南宋時代のお坊さん、牧谿という人が描いた、縦2メートル近い大作で、後に日本へ輸入され、足利将軍家のコレクションになりました。この《観音猿鶴図》がもたらされたことで、日本人の絵師たちは非常に大きな影響を受けたのです。この作品ももちろん出展されます。第III期に展示されますので、どうぞ会場でご覧ください。


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国宝 松林図屏風(右隻) 長谷川等伯筆
桃山・16世紀 東京国立博物館【III期】


有名な長谷川等伯《松林図屏風》(東京国立博物館)の松の枝振りは、《観音猿鶴図》の松の描き方から大きな影響を受けています。同じ第III期に出展されていますから、会場でもその描きぶりを比べて観てください。特に枝ぶりについては等伯に注目です。等伯は平筆を使い、凄まじいスピードで描いている。その腕の動きが見えるようです。


牧谿の絵を観ていなかったら、等伯は決して《松林図屏風》を生み出すことはできなかったでしょう。中国の絵ではありますが、作品1つが後の水墨画の歴史を大きく変えてしまうくらいの衝撃を日本の美術に与えた、だから「国」宝なんです。


そして《観音猿鶴図》が大きな影響を与えた、私にとって忘れられない作品があります。それが能阿弥(のうあみ)の《四季花鳥図屏風》(応仁3年(1496)、出光美術館蔵)です。重要文化財ですので、今回の「国宝」展には出展されません。
この能阿弥の作品は、《観音猿鶴図》に登場する観音も猿も鶴も除いて、その背景などのモチーフだけを集めた作品です。例えば二股に分かれた木や竹は、《観音猿鶴図》と同じように左右に配置されています。右端のS字のカーブを描く線にかたどられた岩は、観音の衣を、そして真ん中の蓮は観音を象徴するものとして描かれました。
つまり、《観音猿鶴図》を観たことがある人たちに、「あなたならわかるでしょ? これが《観音猿鶴図》をふまえた絵であることが」と問いかけているわけです。そういう高度な趣向が凝らされた作品なんですね。


私が30歳ぐらいの時に、この作品に関する論文(「能阿弥序説」「能阿弥伝の再検証」、『室町絵画の残像』 中央公論美術出版収録、2000年)を書きました。その中でこの作品が、牧谿の《観音猿鶴図》をふまえているということを、実は私が解明したんです。私が論文を書いた後に出光美術館がこの作品を購入して、重要文化財に指定されました。ですから私にとって、これは「My 国宝」であり、「未来の国宝」でもあると思っている、非常に思い出深い作品です。



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国宝 秋冬山水図 雪舟筆 室町・15世紀
東京国立博物館 【I期・II期】


そして、今回は雪舟(せっしゅう)の国宝六件が、すべて同じ部屋に展示されます。これも今回の展覧会の大きな見どころになっていますね。雪舟は私の一番の専門分野ですが、雪舟の絵はどこか変なところが多い。

例えば、雪舟の中でも早くに国宝指定された、《秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)》(東京国立博物館)。はっきりいってしまうと、本当に変な絵なんですよ、これ。特に左の「冬図」左奥の雪山は輪郭線を使っているのに、そのすぐ下の山(編集註:お堂のすぐ後ろの山)は外隈(そとぐま、輪郭の外側をぼかして隈取ること)で描いていて、輪郭線を使っていない。明らかに遠近感がおかしいですよね。手前の山の方が遠くにあるものの描き方をされている。それになんですか、この垂直の線は。岩の輪郭線とは思えませんよね。

つまりね、これはもうほとんど抽象画のようなものだと思うんです。雪舟は画面を構成する上で、「ここにこういう形が欲しい」、「こういう線が欲しい」、「ここを黒くしたい」、「ここを白くしたい」など、そういう意識が先行していると思います。それこそが雪舟の絵の特筆なんです。後半の対談で改めて雪舟の話をしたいと思います。



ちなみに私の好きな雪舟はこれ。《慧可断臂図(えかだんぴず)》(愛知・斉年寺)ですね。


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国宝 慧可断臂図 雪舟筆
室町・明応5年(1496) 愛知・斉年寺 【I期・II期】


雪舟は等伯と同じように筆使いに注目ですね。すごく早い筆使いで、その動きが見えてくる。つまり、とりすました絵ではなくて、音楽に例えるならば“ライブ”です。ライブだからスタジオ録音とは違って、いろんなノイズも入ってくるわけです。時には今ひとつうまくいってないような部分もあったり。だけど本当に迫真の身振り手振りが見えてくるような。そういうものこそ僕は本当に素晴らしいものだと思っています。



それにしても今度の「国宝」展、混むでしょうねえ。混みますよ。間違いなく混みます。京都国立博物館も力の入れ方が半端じゃないですし、JR東海さんも気合が入っています。2017年11月19日(日)には、なんと 「国宝新幹線」 を走らせます。16両編成貸切で、「国宝」展を観るための専用列車です。休館日である11月20日(月)に、並ばずにその方たちは観られるという特別待遇です。


しかも、なんとその新幹線の中の車内アナウンスを、私と、「日曜美術館」の司会をしている井浦新くんとが掛け合いで話します。もう録音は終わっているのですが。"あ、そろそろ静岡県に入りますね。静岡県の国宝といえば・・・” みたいな、そういう車内アナウンスが流れますので、そちらもぜひご参加ください。どうぞお楽しみに。

⇒『京博「国宝」展セミナー 3』へ続く



■開館120周年記念 特別展覧会 国宝
【会期】2017年10月3日(火)~11月26日(日)
I期 10月3日(火)~15日(日)/II期 10月17日(火)~29日(日)/III期 10月31日(火)~11月12日(日)/IV期11月14日(火)~26日(日) ※I~IV期は主な展示替です。一部の作品は上記以外に展示替が行われます。

【開館時間】9:30~18:00(入館は17:30まで)、金曜日・土曜日は~20:00(入館は19:30まで)
【休館日】月曜日 ※10月9日(月・祝)は開館、10日(火)は休館
【料金】一般 1,500円、大学生 1,200円、高校生 900円
【場所】京都国立博物館(平成知新館) 詳細情報はこちら
【公式ホームページ】http://kyoto-kokuhou2017.jp/


 

Written by. 「そう京」編集部

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