京都のお寺探訪 3
これから梅雨にかけて、苔が生き生きと輝くシーズンです。京都にはいくつもの「苔名所」というべきスポットがあり、とりわけ人気を集めるのが、洛西の「祇王寺」。京都有数の観光名所「嵐山」からも近く、訪れる人の絶えないお寺ですが、今、“ある変化”を迎えているといいます。お寺の方にお話を伺ってきました。
祇王寺に起きている、ある変化とは?
祇王寺を訪ねたのは、2018年5月11日(金)のこと。事前に、「“苔”についてお話を伺えませんか?」とご連絡をしていたのですが、お寺の方からは「う~ん・・・」と、なぜか渋いお返事。どうしてかなぁと思いながらも、お寺を訪ねてみました。
青もみじが清々しい! 久々に訪ねたのですが、やっぱりきれいなお寺ですねぇ♪ 境内も、まぶしい新緑に包まれていて、初夏らしい風情を感じられます。
びっしりと苔に覆われた、美しいお庭♡ でも、なんだか以前と違うような・・・? 少しの違和感。皆さま、分かりますか?
「実は、昨年10月の台風で、境内の木々や、お隣の杉林が被害を受けてしまいまして。以前は木漏れ日と緑が美しい庭だったのですが、ずいぶん日が差し込むようになってしまって・・・」と、担当の今井さんは話されます。
言われてみれば、お庭が明るくなりました! 頭上を覆っていたもみじの枝も幾本か折れてしまったそうで、木立の合間に青空も見えています。これはこれで、明るい印象でいいのでは・・・? と思ったのですが、事はそう簡単ではありませんでした。
「長年、日の光に直接当たることのあまりない庭でしたので、苔もびっくりしてしまいましてね。やっぱり日光に弱い苔もいますし、少し茶色くなっているでしょう?」
右奥に見える空間に、以前は杉林がありました。
本当だ! よく見ると、お庭の所々が茶色くなっています。てっきり、冬の装いの名残かと思いました・・・
「名残の部分もありますが、やっぱり日の光の影響ですね。ほら、直射日光が何カ所か当たっているでしょう? 以前にはそんな部分はなかったんです。枯れているわけではなく、下の方は緑色の苔が生えているので、自分で日差しを避けているんじゃないかと思うんですが・・・」
冬を終え、日差しも強くなってきただけに、苔も急な変化にどう対応しようか困っているとのお話でしたが、現在、杉林の代わりとなる日光よけの樹木を植えようというお話が進んでいるそうです。
昨年は、9月と10月に大型台風が上陸し、京都の各地にも多大なる被害をもたらしました。その影響が祇王寺にも出ていたとは・・・ それでも、お庭がきれいなことに変わりありません! そして・・・ この状況だからこそ、かえってこのお庭にとっての苔の大切さが分かるように思いました。
祇王寺って、どんなお寺なのでしょう?
往生院の扁額。その下に、ご本尊の大日如来像や祇王たちの木像が並びます。
そもそも、「祇王寺」ってどんなお寺なのでしょう? 『平家物語』に登場し、「平清盛に寵愛された白拍子・祇王が、清盛の心変わりによって都を追われ、母と妹とともに出家・入寺した悲恋の尼寺」というのは有名な創建譚です。時代が下り鎌倉時代になると、法然上人の門弟・良鎮(りょうちん)によって、この辺り一帯を境内とする「往生院(おうじょういん)」というお寺が創建され、祇王寺もその一部となります。その後、往生院も荒廃してしまい、祇王寺は、ささやかな尼寺としてこの地に遺されました。
祇王像
しかし明治初年、祇王寺も廃寺に・・・ 境内に遺された祇王たちの仏像は、この辺りの地頭であった大覚寺に保管されます。その後、大覚寺によって祇王寺が再建され、現在では真言宗大覚寺派の寺院として、本尊・大日如来を祀っています。
ご本尊を祀る草庵、実は・・・?
印象深いかやぶき屋根のこの草庵は、元京都府知事・北垣国道(きたがき くにみち)の別荘を移したもの。北垣国道といえば、琵琶湖疏水の建設を進め、京都の近代化に尽力した知事です。祇王寺再建の際に、計画に賛同して寄付されたとのこと。今の京都観光に果たした役割も大きい方ですね。
吉野窓
草庵の吉野窓。窓の外には季節の草花が植えられ、見る時季によって表情を変えます。時間帯によって影が虹のように見えるため、「虹の窓」とも呼ばれているんですよ。素敵なネーミングですね♪
職員さんによる丁寧なお庭の手入れが続けられます
訪れたのは朝9時半頃でしたが、職員さんが庭の落ち葉掃除をされていました。
「毎朝、6時頃から2時間ほどかけて水をまいています。小さな境内なのに、と思うでしょう? 苔に直接水を当てたら傷んでしまうので、優しく水がかかるようにまいているため、時間がかかってしまうんです。それが終われば、落ち葉の掃除。庭の手入れは毎日行っているのですが、一日中、庭にかかりきりになることもあります」
竹ぼうきで丁寧に落ち葉を集めていきます。
職員さん 「初夏は“竹の秋”いうてね。隣の竹藪からどんどん葉が落ちてきて、掃いても掃いても、後ろを向いたらまた葉が落ちてる(笑)」
確かに、終わることのないお掃除ですね・・・ ところで、お庭のあちこちに、こんもりとした苔の山があります。これは人工的に作っているものなのでしょうか?
スギゴケ
職員さん 「いやいや、自然のもんです。これ、柔らかいんですよ。ほら、手がすっと入る。スギゴケなんですが、おそらく、毎年生え替わるたびに積み重なっていくんじゃないかな、と思ってるんです。確かなことは分かりませんが」
<注意>拝観の皆さまは、苔に触らないようにしてくださいね。
この苔庭は、昔から整えられていたそう。山際に位置し、湿気のたまりやすい気候の中で、自然と育まれていったようです。
職員さん 「苔はね、水をあげすぎてもいけない。ここでは、毎朝6時頃と、夏場には夕方にも水をまくけれど、昼間にはまきません。苔が蒸れてしまうんです。それ以外はね、自然に任せていますよ」
ヒノキゴケ
職員さん 「これが、ヒノキゴケ。シッポみたいやから“イタチノシッポゴケ”ともいいます。日光に弱くて前庭の苔は茶色っぽくなっているけど、日陰や草庵前のお庭ではキレイな苔が見られますよ」
といって、日陰に生えるヒノキゴケを見せていただきました。この“イタチノシッポゴケ”は、キレイな水と空気の中でしか生育できないもの。京都では山際の社寺などで見ることができ、この苔を街に近いところで見られるというのが、京都のすごいところだと個人的には思っています。わざわざ山奥にいかなくてもいいのですから・・・
祇王寺といえば、この「苔棚」です。境内に生える苔を説明されているのですが、正直、どれがどれ! とはなかなか分かりません。
「私たちも勉強しないといけないなぁということで、今、手書きの苔マップを作っているところなんです。ネットで種類や形などを調べたりして作成しているんですよ」と今井さん。祇王寺の苔庭には20~30種類もの苔が植わっていて、それを少しずつ見分けて地図に書き落としているそうです。大変な作業ですが、完成が楽しみですね!
ミヤコワスレの原種・ミヤマヨメナが咲いていました。
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急激な環境の変化で、苔も大変な時期を過ごしている祇王寺。これから苔の成長期となる梅雨を迎えます。しばらくは様子見が必要かと思いますが、皆さまもどうぞ、温かく見守ってくださいね♪ そして、苔が元気になるよう願いを込めて、ぜひ足を運んでいただきたいなぁと思います!
【拝観時間】9:00~17:00(受付終了16:30)
【拝観料】300円
【電話】075-861-3574
【アクセス】市バス「嵯峨釈迦堂」バス停から徒歩約15分 Google map
【公式ホームページ】http://www.giouji.or.jp/