
日常生活で使う器や道具に美を見出す「民藝」という言葉が生まれて今年(2025)でちょうど100年になります。京都市京セラ美術館では9月13日(土)より特別展「民藝誕生100年—京都が紡いだ日常の美」が開催されるなど、注目が集まっています。
提唱したのは、思想家の柳宗悦や陶芸家の河井寬次郎、濱田庄司など、その時代をリードした文化人たちでした。京都には彼等が親交を深めた場所がいくつかあり、祇園にある十二段家 本店もサロンの役割を果たしていたといいます。名物のしゃぶしゃぶの誕生秘話とあわせて、お店の魅力をたっぷりとご紹介しましょう。
民藝作品が多数並ぶ理由とは
明治45年(1912)に創業し、現在の場所にお店を構えたのは昭和20年(1945)のこと。町家建築の外観も京都らしくて素敵ですが、中に入ると民藝の心が宿ったともいうべき美しい調度品の数々に圧倒されます。

四代目 西垣大さん
素晴らしいコレクションは二代目の西垣光温さんのセレクトだと、本店店主で孫の西垣大さんに教えていただきました。じつは、二代目は戦前の大阪で「十二段家書房」を営むほどの文化人で、その頃に画家の棟方志功や陶芸家の河井寬次郎に出会ったといいます。祇園にお店を開いて以降も交流が続いたため、作品を購入することが多かったそうです。
「祖父は英語が堪能で、海外旅行に行くこともしばしば。店内にはいろいろな国の調度品も飾られています」と西垣さん。それらが主張、喧嘩することなく、全体として温もりのある空間に仕上がっているのは、二代目のセンスの賜物です。
なかでも多いのが棟方志功の作品です。なんと、棟方志功は十二段家の三階に居候していた時期があったそう。ガラスケース越しでなく、実物をじっくり鑑賞できる機会は滅多にありません。まるで美術館で食事をしているかのような気分に浸れるなんて贅沢ですよね。
しゃぶしゃぶの誕生秘話

二代目の西垣夫妻
今でこそ全国に知られるしゃぶしゃぶですが、じつは十二段家が発祥というのをご存じでしょうか。名物の誕生には、二代目の人柄と文化人との交流が大きく関わっています。

火鍋子
きっかけになったのが中国の石鍋「火鍋子(ほうこうず)」でした。二代目は用途を詳しく知らずにお店に飾っていたところ、民藝運動家の吉田璋也が薄くスライスした羊の肉を煮るための中国の鍋だと教えてくれたのだといいます。それにヒントを得て、京都で肉といえば牛肉というのもあり、牛肉の水炊き、いわゆるしゃぶしゃぶを考案するにいたったそうです。

十二段家では、二代目が発注した鍋を今も大切に使い続けています
お店に集う民藝運動の旗手たちに相談しながら味の改良を重ね、なんと銅製の鍋までオリジナルで誂えてしまいます。昭和22年(1947)にはメニューに並ぶようになり、民藝仲間にもレシピを共有して喜びを分かち合ったそうです。全国的に広まったのは昭和39年(1964)に開催された東京オリンピック以降のこと。メディアプレスの料理担当として東京オリンピックに携わった二代目は、全国から集まった料理人たちにも、惜しげもなくしゃぶしゃぶのレシピを伝えました。二代目の人柄の良さがなければ、もしかしたら、しゃぶしゃぶは今ほどメジャーな料理になっていなかったかもしれません。
また、二代目の英語力がいかされ、海外の要人も多数訪れたといいます。イギリスのチャールズ国王やオードリー・ヘプバーンもしゃぶしゃぶを味わったと聞くと、ますます興味がわきませんか。
いざ実食!

3つのコース、いずれにも先付がつきます
十二段家にはすき焼きのコースもありますが、せっかくならしゃぶしゃぶを。夜はフルコース(21,000円)、松コース(18,000円)、梅コース(15,000円)の3種類があり、コースに応じてお肉の等級や量、前菜の品数が変わります。
※別途サービス料が必要です(昼10%、夜15%)
昼ではなく、夜のコースをおすすめしたい大きなポイントは前菜です。人数分が大皿に盛られて提供されるのですが、一品一品がコース仕立てで出てきても遜色ないくらい食べ応えたっぷり。「京赤地鶏 手羽先のオーブン焼き」「東寺ゆばの炊いたん」などの定番に加えて、季節の食材を使ったメニューが並びます。
特に、手羽先はカリっとした皮に、しっかりと味がしみ込んだ身が美味しく、やみつきになってしまいそう。これを楽しみに来るお客さんがいるという話にも納得です。
前菜の時点ですでに満足感があるのですが、ここからが本番! 名物しゃぶしゃぶの登場です。特注のお鍋が運ばれてきて驚いたのは、沸騰したお湯の音の柔らかさ。中央の筒に入れられた炭から、じんわりと熱が伝わり、シュワシュワシュワと心地良く響きます。
お肉は亀岡産「京都牛」のA5からA4ランクのサーロインを使用。できるだけサシの少ない赤身にこだわって選ばれているそうです。
とろけるようなお肉や甘みのある野菜の美味しさを引き立てるのがゴマだれ。じつは二代目がしゃぶしゃぶとあわせて考案したオリジナルで、練りゴマに、お出汁、醤油、自家製ラー油などを加えて整えられています。一般的なゴマだれ特有の甘さがなく、何枚でもお肉をさらりと食べられるような他にはない味わいです。

お鍋の締めにはスープを。特注のお鍋は熱伝導率が良く、アクがほとんど出ないため、なんと、しゃぶしゃぶ後のお出汁をスープとしていただけます。お肉や野菜の旨味が凝縮された味は間違いがありません。

デザートは冬を除き一年通してグレープフルーツゼリーをいただけます。ご当代が修行先で学んだレシピで、ゼリーの状態をギリギリ保ったフルフル食感がたまりません。白ワイン入りのさわやかな味に、最後の最後まで幸福感いっぱいのお食事でした。
民藝の品々に囲まれて、発祥の地でしゃぶしゃぶを食べるのは得難い体験です。ぜひ皆さんも訪ねてみてくださいね。
■十二段家 本店
【営業時間】昼11:30~14:30(ラストオーダー13:00)、夜17:00~22:00(ラストオーダー20:00)
※小学生(12歳)以下要相談
【定休日】水曜日、木曜日
【アクセス】京阪本線「祇園四条駅」から徒歩約5分 Google map
【公式ホームページ】https://junidanya-kyoto.com/
【公式Instagram】https://www.instagram.com/junidanya_honten
※掲載内容は2025年9月12日時点の情報です。最新情報は掲載先へご確認ください。
