あこがれのCMの舞台へ
寛保3年(1743)に創業し、呉服商として栄えた杉本家。現在の建物は「元治の大火」を受けて明治3年(1870)に再建し、江戸時代以来の大店(おおだな)の造りをよく遺しているとして国の重要文化財に指定されています。伝統的な京町家の暮らしを代々受け継いでいることでも知られ、まさに「そうだ 京都、行こう。」初夏キャンペーンのテーマである「初夏のしつらえ」を体感するのにぴったりの場所です。
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市内最大級の規模を誇る、間口の広い京町家
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呉服の商いをしていた時の看板
CMで見た光景を楽しみに訪ねると、玄関横に「伯牙山 山第七番」と書かれた紙が貼られていました。
杉本家住宅があるのは、祇園祭 前祭に登場する「伯牙山」の町内。町衆として古くから「伯牙山」の運営に加わり、戦後以降は宵山にご神体や懸装品を飾る「お飾り所」にもなっているため、今年の「くじ取り式」で決まった巡行の順番が貼られているのだとか。
玄関を入ると、祇園祭ゆかりの花「檜扇(ひおうぎ)」が生けられていました。
山鉾町にある京町家では、祇園祭にあわせて所蔵品を披露する「屏風祭」が行われ、杉本家住宅でも祇園祭ならではの夏のしつらえで来訪者を迎えています。思いがけず可憐な花姿に出合え、ますます、これから始まるイベントに期待が高まります。
おもてなしの心を感じる
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十代目当主 杉本節子さん
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今回のイベントは十代目当主の杉本節子さんによるお話も楽しみにしていたポイント。「さすが大店は座敷が広い!」と、その空間に圧倒されていると、じつは今回の30名という大人数のために建具をはずし、三間分の広間を特別にしつらえたと杉本さんが教えてくれました。お出迎えするお客様に応じて最適な姿に変えられるのも京町家の良さです。
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梶の葉
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煎茶をお出しいただきました
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懐紙に挟んでお土産に
「暑いなかお越しいただいた皆様に、まずは涼のおもてなしを」と、奥から運ばれてきたのは大きな葉が重ねられた和菓子。「これは梶の葉です。平安の頃から七夕飾りとして用いられ、墨で葉に願いをしたためたと伝わります。もうすぐ七夕ですから、庭にある梶の葉を摘んで水洗いし、涼を添えました」と杉本さん。
まず、庭に梶の木が植わっていることに驚きますが、一枚一枚丁寧に準備された時間を思うと、おもてなしの心に感服するばかり。記念に持ち帰れるようにと懐紙までご準備いただいたのも嬉しいご配慮でした。

寒天のなかに入っているのは夏の京野菜「じゅんさい」
梶の葉に覆われていたのは、大徳寺の近くにある京菓子司 紫野源水の「水面の夏」。寒天を溶かして色をつけた錦玉羹(きんぎょくかん)という和菓子で、涼やかな見た目に夏を感じます。光を受けて漆塗りのお皿に反射すると、まるで芸術作品のよう。梶の葉を用意したり、和菓子が映えるお皿を選んだり、細やかな心配りに「京都」を感じた人も多いかもしれません。
夏のしつらえを見学
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学芸部長 杉本歌子さん
続いて、杉本さんの妹で学芸部長を務める杉本歌子さんも加わり、2班にわかれて座敷や仏間など、各部屋の見学へ。
杉本家において、祇園祭は一年のなかで一番のハレの日にあたるといいます。祇園祭を題材にした作品も多く、学芸部長として所蔵品のレイアウトを考える歌子さんは、祇園祭の1ヵ月前頃からハレの日にふさわしい飾りについて思案を重ねるそうです。さらに、所蔵品は同じでも、飾る場所を変えるだけで印象はまったく異なるとお聞きし、今日この時だけの一期一会の作品鑑賞に思わず熱が入ります。
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『時代菊図屏風』
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胡粉を盛り上げて描かれた菊
昼夜で見え方が異なる作品も。座敷に飾られていた『時代菊図屏風』は日中に見ると金箔の華やかさが目立ちますが、夜に和ろうそくだけで鑑賞すると白い菊が浮かび上がって見えるといいます。展示ケース越しではなく京町家の座敷だからこそ、屏風本来のポテンシャルが伝わってきます。

夏を前に、障子から葦戸へ替えられます
未来に伝えたい日本の暮らし
見学のなかで特に心を動かされたのは京町家に息づく、日常の美しさでした。
現代の生活では昼も夜も室内が明るいのは当たり前のようになっていますが、昔ながらの京町家は暗いのが基本。だからこそ、葦戸(よしど)から透けて見える外の景色や、畳に落ちる影の移ろいに、普段とは違う感性が刺激されます。
時折吹き抜ける風は心地が良く、ふわりと揺れる御簾を見ているだけで和みます。京町家に身を置くと、時間の流れがゆっくりに感じられるから不思議です。
季節にあわせて建具を替えたり、その時季ならではの花を生けたり、京町家は自然に寄り添ったサステナブルな暮らしのお手本のような存在かもしれません。
京町家を思い思いに満喫
見学のあとは、写真撮影を楽しんだり、座敷で心静かに過ごしたり、自由な時間を過ごさせていただきました。素敵なひとときの連続に、帰るのが名残惜しく感じられるほど。
最後に、お土産にいただいたのは伯牙山の厄除けちまき。ご利益は無病息災と技芸上達です。「京町家の暮らしの知恵を参考に、生活のスキルが上達するかも…」と淡い期待を寄せながら、帰路につきました。
【当主がご案内】重要文化財 杉本家住宅 特別貸切見学~祇園祭と夏のしつらえ~ を終えて
杉本節子さん、歌子さんの解説を聞き、日常に潜む美しさを見る目を鍛えられたように思います。知れば知るほど奥深い京都は、まだまだ新しい感動を私に届けてくれそうです。
京都サステナツーリズム
「京都サステナツーリズム」では地域社会と旅行者の皆さまに寄り添い、未来につながる旅のありかたを発信しております。
※掲載内容は2025年7月30日時点の情報です。