岡本太郎に学ぶ 「My 国宝」

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岡本太郎

(提供:岡本太郎記念館)

京博「国宝」展セミナー 1


2017年10月3日(火)から11月26日(日)まで京都国立博物館で開催される特別展覧会「国宝」(以下、「国宝」展)。120周年を迎える京都国立博物館で、実に41年ぶりに、満を持して開催される「国宝」展について、山下裕二先生(明治学院大学教授、美術史家)と橋本麻里さん(美術ライター)に、縦横無尽に語っていただきました。今回は第1部に行われた山下先生の基調講演、前半部分をお届けします。


※本稿は2017年9月17日(日)に毎日ホール(東京)で開催されたセミナーの抄録です。


第一部 山下裕二先生講演 「私の好きな国宝」


皆さんこんにちは。ようこそいらっしゃいました。この講演会、すごくたくさんの方からの応募があったそうです。今日はまず前半のこの講演で「私の好きな国宝」ということで、今度の京都国立博物館の「国宝」展に出品される作品を中心にお話しします。

国宝は、法律に「たぐいなる国民の宝たるもの」と定義されているように、“国家の宝”ではなく、“国民の宝”です。現在指定されている国宝ではないけれども、私にとっては国宝だというものについても、話を進めていければと思います。


「縄文」に美を見出した岡本太郎
         -国宝とは「自分の眼」を持つこと


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国宝 深鉢形土器(火焔型土器) 新潟県笹山遺跡出土 縄文・前3500~前2500年 新潟・十日町市(十日町市博物館保管) 【I期・II期】 撮影:小川忠博


私が好きな国宝、ということなら、まずは縄文土器、土偶でしょう。これは《火焔型土器(かえんがたどき)》と呼ばれるもので、造形的にも非常に魅力的です。これが縄文の土器の中では最初に国宝指定されたものです。

この土器、なんとも複雑な造形ですが、こういう形にどういう意味があるのかは議論があるものの、基本的にはわかっていません。だって文字がない時代ですから。要するにこの造形だけから推測していくほかないわけです。

それにしても、日本の美術史全体を考えてみる時に、四、五千年前にこんな複雑で魅力的な造形があるというのは、本当に世界に冠たるものだと思います。大陸にも、縄文土器に類するようなものはありません。


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国宝 土偶(仮面の女神) 長野県中ツ原遺跡出土 縄文・前2000~前1000年 長野・茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管) 【通期】


そして一番好きな土偶は、長野県の尖石(とがりいし)で出土した、通称《仮面土偶(仮面のビーナス)》。まるで三角形の仮面を付けているような顔や、ずっしりとした足、また横から見る姿も迫力があって素晴らしいんです。

今回の「国宝」展には土器・土偶が四件出展されますが、これらの国宝指定はいずれも90年代以降。実は縄文の土器・土偶類は長い間、考古遺物以上のものと考えられていなかったのです。

ところがこの“縄文”にいち早く反応した人がいました。それが岡本太郎です。旧来「日本の美」といえば「縄文的」ではなくて、むしろ「弥生的」なものとされ、お茶の文化や禅に代表されるような「侘び寂び」的なものこそ、日本の美意識の根幹だと思われていました。

岡本太郎は1952年に『みずゑ』という雑誌で、「縄文土器論」という論文を書き、その中で「縄文こそ日本人の美意識の根幹にあるものだ」と強く主張したのです。岡本太郎は“縄文”を日本の美術として語り、美としてとらえた最初の人間でした。

そういえば、先ほど紹介した《仮面土偶》、よく見ると、なんだか岡本太郎の《太陽の塔》を思い出しませんか? 前も後ろも、顔はまるで仮面を貼り付けたようですよね。岡本太郎の脳裏には、間違いなく土偶のイメージがあったんだと思うんです。


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太陽の塔(提供:岡本太郎記念館)


つい2週間ほど前、私《太陽の塔》の中に入りました。実は今、1970年当時の大阪万博の展示をできる限り再現しようと、中の整備、改修工事をしているんです。内部に40メートルを超す《生命の樹》というオブジェがあるんですが、それがもうボロボロになってしまっていて。改修工事が終わったらいずれ一般公開されるそうですので、ぜひ皆さん情報をチェックしてみてください。

そしてこの1970年の大阪万博、私も行きました。忘れもしません、小学校六年生の夏休みのことです。とにかく暑かったんですよ。ここで小学生だった私は「岡本太郎」という名前を知るわけですが、まさかその何十年かあとに、岡本太郎に関する本を書くことになるなんて。もちろん、その当時はそんなこと思いもせずに《太陽の塔》を見上げていました。いずれ《太陽の塔》も未来の国宝になるかもしれないですね。

しかし岡本太郎が縄文土器に美を見出してから、土偶や火焔型土器が国宝指定されるまでに、半世紀近くかかりました。国宝というのは、日本の美術の歴史の中で広くみんなが認める目安にはなっていますが、大事なのは、岡本太郎のように、指定とは関係なく、これこそが自分にとっての国宝だ、と自分の眼でものを見ることだと思っています。


「未来の国宝」円空 -国宝だけが国宝ではない


私にとっての「My国宝」は、断然「円空(えんくう)」なんですね。円空に国宝指定はありませんが、別に現在指定されている「国宝」にこだわらなくてもいいんです。自分の国宝を持つことも大事。
円空は江戸時代に全国を転々とした人で、かなり山奥のお寺や神社にその仏像が今も数多く残っています。

私の一番好きな円空仏は、岐阜県の山の中にある高賀神社の円空記念館に収められている《一木造り三像【十一面観音・善女竜王・善財童子】》の三体です(高賀癒しの郷サイトへのリンクはこちら)
 

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(提供:円空記念館)


まず表情がなんともいいですね。でもこの仏像の面白いところは、この三尊の仏像を合体させると一本の丸太になるというところ。つまり、一本の大きな丸太を縦に三分割して作られているということです。だから円空としては、すでに木の中に宿っている仏像を自分が彫り出す、という意識なんです。これは縄文時代以来の木に対する信仰ですね。アニミズム的な、自然崇拝的な思想が反映したものといってもいいのではないかと思います。

円空仏を見るためにそんな山の中などに行かなくても、たくさん観ることができる場所が一箇所だけあります。それが名古屋にある荒子観音寺(浄海山圓龍院観音寺)です。ここでは月に一度だけ(毎月第2土曜日の午後1時から4時まで公開)円空仏を公開しています。

お寺の中には大小さまざまな円空仏が並んでいますが、高賀神社の仏像よりももっと大胆な彫り口です。円空仏は今でも全国に五千体ほど残っているといわれていますが、行く先々で凄まじい勢いとスピードで鑿(のみ)を振るって、こういう造形を作り出していたわけです。

彫刻といえば、つい最近まで国立新美術館で「ジャコメッティ展」をやっていましたね。僕は『日本美術応援団』(日経BP社、2000年)で円空を紹介した時に、「円空の仏像っていうのは、ジャコメッティとブランクーシのいいとこ取りだ」というふうに書きました。私は円空の展覧会を本格的に海外でやるといいと思っています。今後そういう機会も出てくるでしょう。


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木っ端仏 荒子観音寺蔵(撮影:長谷川公茂)

あるいは「木っ端仏(こっぱぶつ)」と呼ばれる仏像も、荒子観音寺には大量に残されています。つまり円空という人は、大きい仏像を作ると出る「端材(はざい)」なども小さい仏像にする。何一つ無駄にしない造形を目指していたわけです。その上、もっと小さい木屑なんかも捨てずに残してある。

ですから、この江戸時代の民衆に寄り添った円空の造形というのは、私にとっての国宝でもあるし、未来の国宝でもあるなと思っています。

⇒『京博「国宝」展セミナー 2』へ続く


■開館120周年記念 特別展覧会 国宝
【会期】2017年10月3日(火)~11月26日(日)
I期 10月3日(火)~15日(日)/II期 10月17日(火)~29日(日)/III期 10月31日(火)~11月12日(日)/IV期11月14日(火)~26日(日) ※I~IV期は主な展示替です。一部の作品は上記以外に展示替が行われます。

【開館時間】9:30~18:00(入館は17:30まで)、金曜日・土曜日は~20:00(入館は19:30まで)
【休館日】月曜日 ※10月9日(月・祝)は開館、10日(火)は休館
【料金】一般 1,500円、大学生 1,200円、高校生 900円
【場所】京都国立博物館(平成知新館) 詳細情報はこちら
【公式ホームページ】http://kyoto-kokuhou2017.jp/

Written by. 「そう京」編集部

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