“日本の住宅の理想形”、「聴竹居」 -建築家・藤井厚二の遺した、こだわり住宅‐

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京都の名建築探訪 2 

京都と大阪の府境にある大山崎町は、知る人ぞ知る名建築スポット。その町に、今じわじわと人気を高めている昭和の名建築があります。

それが、重要文化財「聴竹居(ちょうちくきょ)」。建築家・藤井厚二(1888-1938)が、日本の気候風土に適した住宅を求めて昭和3年(1928)に建てた5回目の自邸で、地震に強く通風・換気に優れた、“日本の住宅の理想形”ともいわれています。

注目は、快適に生活するためにこだわりぬかれた、居心地の良さ。昨年(2020年)5月より保存修理工事のため一般公開を中止されていましたが、2021年3月14日(日)から見学を再開。いったいどのような建物なのか、保存修理されたばかりの「聴竹居」を訪ねました。
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名建築スポット・大山崎町の「聴竹居」

天王山中腹から三川合流地点を眺める(春の景色)。

天王山中腹から三川合流地点を眺める(春の景色)。

桂川・宇治川・木津川の合流地点を前にする、風光明媚な大山崎町。その名建築といえば、まずはJR「山崎駅」前に佇む妙喜庵にある、千利休の茶室「待庵」(国宝)の名が挙がります(拝観は予約制)。そして、天王山中腹にある、大正モダンな本棟と安藤忠雄設計の新棟からなる「アサヒビール大山崎山荘美術館」、豊臣秀吉が一夜で築いたと伝わる三重塔(重文)を擁する「宝積寺」など。小さな町に圧巻の建築物が並びます。

藤井厚二は明治21年(1888)、広島県福山市の生まれ。大山崎に土地を得たのは、大正時代後半、1920年代のことでした。現在「聴竹居」のあるあたりを中心に12,000坪もの広大な土地を所有し、3・4回目の実験住宅や、プールやテニスコートもあったとか。現在は、5回目に建てた実験住宅「聴竹居」だけが遺ります。

「聴竹居」という名は、藤井の雅号から。当時、周囲が竹林に囲まれていたことに由来するそう。

「聴竹居」という名は、藤井の雅号から。当時、周囲が竹林に囲まれていたことに由来するそう。

築90年を超え、個人所有では建物の維持管理が難しいことから、現在は藤井家の手を離れ、平成28年(2016)12月より(株)竹中工務店が取得。日常の維持管理と公開活動は、地元有志を中心とする聴竹居倶楽部が行っています。

「聴竹居」の重要性は、地球環境と周辺環境に十分な配慮をする「環境共生住宅」かつ、椅子式や電気をつかった最先端の日本のモダニズム住宅を約100年も前に実現していたこと。平成29年(2017)に国の重要文化財に指定され、日本イコモス国内委員会による日本の20世紀遺産20選にも選出。世界的にも貴重な建築と評価されています。

建築家・藤井厚二とは? “実験住宅”とは??

JR「山崎駅」から北へ。天王山山麓の細い道を5分ほど上ると、急な斜面の途中に「聴竹居」があります。藤井が8人家族で暮らした「本屋」、書斎的なプライベート空間の「閑室」、来賓をもてなした「茶室(下閑室)」の3つの建物があり、「茶室」は現在保存修理工事中。「閑室」は特別なイベント時のみ公開され、一般見学できるのは「本屋」のみとなります。

「本屋」の玄関付近

「本屋」の玄関付近

真新しい黄色の壁は、保存修理工事を終えたばかりのため。

「大阪北部地震(2018年6月18日)で老朽化していた壁が崩れましてね。2018年秋からの工事で改修し、建築当初のきれいな壁に戻りました」

と、聴竹居倶楽部代表理事の松隈(まつくま)章さん。この「聴竹居」を藤井厚二の作品として“発見”、保存・再生に導いた方です。竹中工務店にて設計や近代建築の保存活動に携わり、竹中工務店による「聴竹居」取得の動きに大きく貢献されました。・・・実は藤井厚二も、竹中工務店に在籍されていたのだそう。

玄関脇には、東京帝大時代の師・伊東忠太の石像が。

玄関脇には、東京帝大時代の師・伊東忠太の石像が。

藤井厚二は、明治21年(1888)広島県福山市の裕福な造り酒屋の次男として生まれ、東京帝国大学建築学科に進学。卒業後、竹中工務店に“初の帝大卒”として入社し、「大阪朝日新聞社社屋」などを手掛け、設計組織の基礎を築きます。7年の勤務の後、退社。欧米視察から帰国後、関西建築界の父・武田五一に招聘され、創設されたばかりの京都帝国大学建築学科の講師となります。

片山東熊による「京都国立博物館・本館」など、日本人建築家による西洋風の公共建築が多く造られていた時代。大正12年(1923)の関東大震災を経験した藤井厚二は、「ただ無条件に外国の建築をまねるのでなく、日本の気候風土に即した住宅を造るにはどうすべきか」を考え、“実験住宅”として自邸を建てていきます。

大山崎に土地を購入してからは、3回目・4回目の住宅を建て、5回目に建てた住宅が、集大成となる「聴竹居」。この家に10年暮らし、49歳の若さで亡くなりました。

お話をお伺いした、松隈章さん。

お話をお伺いした、松隈章さん。

松隈さん 「藤井があまり知られていないのは、戦前に夭逝(ようせい)したからというのもあります。平均寿命ほどに生きていれば、もっとたくさんの建築が遺り、日本を代表する建築家となっていたでしょう」

夭逝した建築家の遺した、“日本の住宅の理想形”。では、中に伺ってみましょう。

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」
高温多湿の夏を乗り切る工夫が随所に。

瀟洒な玄関を入り玄関フロアを抜けると、「本屋」の中心となる居室(リビング)に出ます。読書室・食事室・客室・縁側をつなぐハブともなる部屋で、昭和初期の日本家屋とは思えない天井の高さ、明るさに驚かされます。
  • 居室

    居室

  • 玄関

    玄関

松隈さん 「私がこの家を最初に訪ねたのが、平成8年(1996)のこと。その当時は、まだ借家として貸し出されていて、家財道具がそこら中に置かれた状態でした。壁や天井には調湿効果のある和紙を貼っているのですが、こちらもだいぶ汚れていて。今回貼り替えたことでずいぶんすっきりした印象になり、白い壁や天井に光が反射して部屋も明るくなりました」

壁は耐熱性に優れた、伝統的な土蔵壁を採用。何層も和紙を重ねるなど、調湿(湿気対策)も徹底されています。床は板張りのため一見洋風の雰囲気ですが、欄間やふすまなど、随所に和の要素が散りばめられています。

客室。机や椅子、ソファーも藤井がデザインしたもの。

客室。机や椅子、ソファーも藤井がデザインしたもの。

客室も一見洋風ですが、床の間があり(椅子に座って眺めるため高さが工夫されています)、椅子は着物で腰掛けるために座面を広くとっています。窓の格子戸はカーテンの代わりに障子で調光。

縁側(通常、机は置かれていません)

縁側(通常、机は置かれていません)

なんといっても素晴らしいのは、こちらの縁側。南・東・西の3面がガラス戸(窓)となり、角にも柱を設けずガラスを配置した、大パノラマ。現在は藤井が好きだったというカエデを中心とした樹木が生い茂り、きらめく緑を楽しめますが、建築当初には、眼下を流れる三川合流のダイナミックな景観を眺められたそう。この部屋だけでも藤井こだわりの工夫があちこちに隠されていて・・・

神は細部に宿る。ディテールに注目!

よく見ると、下の掃き出しのガラス戸と上部の窓がすりガラスになっています。このことにより・・・

椅子に座って眺めると、上のすりガラスが屋根の軒を隠し、下のすりガラスが地面を隠し、風景だけを切り取る額縁効果が得られます!

窓にも注目すると・・・

ガラス窓は、これまで台風にもびくともしなかったとか。 雨戸もありません。「藤井は雨戸が嫌いだったようです」と、松隈さん。

ガラス窓は、これまで台風にもびくともしなかったとか。 雨戸もありません。「藤井は雨戸が嫌いだったようです」と、松隈さん。

築100年になろうとする「聴竹居」ですが、今も窓は寸分の狂いもなく、窓枠に収まります。

松隈さん
「いい木材を使い、腕の良い職人が手がけると、窓もぴたりと収まります。ぴたりと収まれば、隙間風もない。ガラスはマイナスの小さなビスで止められているんですが、そのビスの溝の向きもすべて統一されています。この建築は、伊勢神宮の宮大工・酒徳金之助が呼び寄せられ手がけたのですが、相当腕の良い大工で、おそらく非常に大変な思いをしたでしょうね。藤井はこだわりが強いですから」

昭和初期の大工の手仕事が遺され、今に見られることも大変貴重なことです。 さらに天井には・・・

排気口の手前にある照明も、藤井デザイン。

排気口の手前にある照明も、藤井デザイン。

涼しげな網代天井の真ん中にあるのは、排気口。開閉式の扉になっていて、夏、開け放すと室内の暑くなった空気が屋根裏へと逃がされ、冬は閉じれば暖かい空気を逃がさないのだとか。

この空気が流れる工夫は、居室にある畳の小あがりの床下にも。家の外から全長約12メートルのクールチューブを地中に埋め込み、川から上がってくる風を冷やして取り入れる工夫をしています。
  • 天然のクーラー。冬は蓋をして、寒さ対策。

    天然のクーラー。冬は蓋をして、寒さ対策。

取材時は雨が降る、蒸し暑い梅雨の一日でしたが、建物の中はさらっとした空気で涼やか。外がじめじめしていたことを、すぐに忘れてしまうような快適さでした。

~家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり~

吉田兼好が『徒然草』に記した一説の通り、高温多湿で耐え難い、西日本の夏。その対策として「聴竹居」では、各部屋間のふすまや欄間をあけると、全ての部屋が繋がり、風の通りが良くなる工夫がされています。そしてそのことは、各部屋で暮らす家族が、同じ空間で心地よく過ごすことにも繋がりました。

「聴竹居」のコンセプト

「聴竹居」は、藤井の研究成果の集大成として、

・夏の蒸し暑さ対策
・木造平屋で、可能な限り建物サイズは小さく
・家族の居住空間の快適さが第一
・椅子式生活に畳式生活を併用
・8人の人間が快適に住むのに十分な大きさ


の5つをコンセプトに設計されています。

居室。右下にあるのは、藤井デザインの暖房器具。

居室。右下にあるのは、藤井デザインの暖房器具。

大きすぎない家がいい、というコンセプトにより、現代にも取り入れたいアイデアが随所に盛り込まれることに。昭和初期とは思えない機能美を備え、見学者の方も「家を建てる参考になった」「家を建てる前に来ればよかった」と、自分が暮らすことをイメージしながら見学を楽しまれているそうです。
  • 居室から直接つながる食事室も、オシャレな雰囲気。

    居室から直接つながる食事室も、オシャレな雰囲気。

  • 調理室と配膳棚を通して繋がっていて、機能的です。

    調理室と配膳棚を通して繋がっていて、機能的です。

  • 調理室(台所)は、なんとオール電化。当時最先端の冷蔵庫を輸入し、電気調理器も設置。

    調理室(台所)は、なんとオール電化。当時最先端の冷蔵庫を輸入し、電気調理器も設置。

  • こちらは温水器。

    こちらは温水器。

  • 調理台はタイルで装飾され、生ゴミダスターまであります。

    調理台はタイルで装飾され、生ゴミダスターまであります。

*****
まだまだ見どころの多い「聴竹居」。その魅力は、「とても1時間では説明しきれないんです」と松隈さん。細部へのこだわりを見て驚いて、外の緑と室内の調和に和やかな気持ちになり、あっという間に時間が過ぎていきます。

快適に生活すること、を考え抜いた藤井厚二の傑作「聴竹居」。ぜひ一度体感されてみてはいかがでしょうか。
■聴竹居
【開館時間】水曜日・金曜日・日曜日 9:30~16:15(要事前予約)
9:30~/11:00~/13:30~/15:00~(各回約75分)
※平日は保存修理及び防災施設整備工事のため、しばらくは日曜日のみ公開
※見学希望日90日前から3日前までに公式ホームページよりお申込みください
【入館料】大人1,000円、学生・児童(小学4年生以上)500円
【休館日】年末年始・お盆
【電話】075-956-0030(水・金・日9:00~17:00)
※電話での見学予約は行っておりません
【アクセス】JR京都線「山崎駅」から徒歩約10分 Google map
【公式ホームページ】http://www.chochikukyo.com/
※掲載内容は2021年6月11日時点の情報です。最新情報は掲載先へご確認ください。

Written by. みさご

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